光についてイメージしましょう

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星からくる光はかすかですが、何千、何万、何億光年かかって私たちの目に届いていると考えると、すごいですね。ここには、光って何?と言うことを考えてみましょう。

まず、光って、なに?

この光は、波であるという考え方と粒子であるという考え方があることはご存知と思います。

母なる海のイメージ

その考え方はそれぞれ、「波動説と粒子説」などで説明されますが、現在では、それらが両方になった「粒子性のある波」という感じで理解しておくのがいいようです。

つまり、光は、レンズで像を結ぶのは波の性質の感じがしますし、重力で曲げられる「重力レンズ」などでは粒子のようなところがあるというものです。

ここではまず、光についての歴史的な発見過程を紹介します。

さらに、光ってなんなのでしょう

①歴史的のそのとらえ方を見てみますと、アイザック・ニュートン(1642~1727年)は、プリズムで光が7色に分光されるということから、光はいろいろな色の粒子の塊であり、何かに当たると固有の振動をして色を発する・・・という考えでした。

また、フックの法則で有名なロバート・フック(1635~1703年)も、回折や干渉という性質があることから、光は波だという考え方でした。

②その後に、古典電磁気学を大成したジェームス・クラーク・マックスウェル(1831~1879年)等は、光は電磁波であるという考え方があって、電磁波の伝わる速度と光の速度が等しいということがわかってきたことで、「電磁波≒光」というようにまでなりました。【波動説】

③ところが、物体を熱するといろんな波長の電磁波(=光)が出てくることから、光は「エネルギー量子(光量子)」という考え方をしたマックス・プランクは、光(光量子)は振動数に比例するエネルギーを持っているとしてこれを説明したことで、1918年にノーベル賞を受賞しています。

紫外線に当たると皮膚が炎症を起こしますが、これは、可視光線よりも振動数が高いのでその粒子が持つ大きなエネルギーで皮膚を破壊する・・・と説明されます。【量子説】

この辺りまでの考え方では、量子という粒子のようなものが振動しているという感じです。

④1890年ごろに、光電現象といって、金属に光を当てると電子が飛び出す現象が発見されたのですが、そのエネルギーは光の強さと関係なく光の量に依存しないことや、振動数の高い光を当てていくと、金属から電子が飛び出すのは、金属の種類も関係しますし、ある振動数までは全く電子が飛び出さない・・・という現象がわかってきました。

これはマックスウェルの電磁理論では、光の強さによって電子が飛びだすという考えのために、この現象をうまく説明できませんでした。

⑤それを、アルベルト・アインシュタイン(1879~1955年)は光を粒子と考えることでそれを説明できるとして【光量子説】を提唱しました。

アインシュタインは・・・

光がエネルギーを持った粒子であれば、原子内の電子と衝突した瞬間に電子が弾き飛ばされるし、電子は原子に拘束されている(原子の周りに電子がある)とすれば、それを切り離すためのエネルギーを与えればいいはずなので、それによって、おのずからその存在はわかるはずだ・・・とアインシュタインは主張しています。(しかし、現実的には、不確定性原理などで説明される量子論と、アインシュタインの考え方は一致していません)

この光電効果については、アインシュタインが1905年にプランクの光量子仮説を当てはめて説明することによって、1921年にノーベル賞を受賞しているのですが、同じ1905年には特殊相対性理論発表しています。(相対性理論でノーベル賞をとったのではありません)

この相対性理論のほうはノーベル賞を受けていないのは不思議な感じがするのですが、このすごい考え方があまり突拍子で理解されるのに時間がかかったのか、彼の受けが悪かったのか、(すぐには検証・実証されなかったことが真相でしょうが)何かの理由があったのでしょう。

⑥1923年にアメリカのアーサー・コンプトン(1892~1962年)は、X線を原子に衝突させると、エネルギーを失ってそのX線が振動数が減って電子が飛び出すという「コンプトン散乱」によって、アインシュタインの光量子説を立証しました。【光量子説】

⑦その後フランスのド・ブロイ(1892~1987年)が、粒子である電子も波動性を持つとして、「物質波」という考え方をしており、電子の運動が激しくなるとその波長は短くなるとする「電子の波動性」を発見して1929年にノーベル賞を受けています。

⑧また、ベル研究所のデビットソンなどが金属箔に電子ビームを照射すると回折が見られることを発見しています。このようなことから、光や電子は波動性と粒子性の両方の性質を持っているというのが現在の考え方です。

光は連続的な波

太陽光スペクトル:国立天文台 太陽光に見える吸収線(国立天文台の資料より)

光をプリズムに通すと、7色の光に分かれます。見えない赤外線から赤い色になり、7色に色を変えながら(7色ではない連続的変化で)エネルギーの高い紫色になり、さらには目に見えない紫外線・・・と、エネルギーは連続的に大きくなっていきます。

太陽中にある特定の原子(元素)は決まった波長を持つ光を放射するために、写真に見られるような筋(=吸収線:フラウンホーファー線)が見られます。

しかし、光のエネルギーが連続性なのに対して、物質のエネルギーは飛び飛びの値を持っているといいます。

⑨デンマークのニールス・ボーア(1885~1962年)は、原子から飛び出した電子は光を放出しても消えてしまわないのは、とびとびのエネルギーを持った定常状態というものがあって、連続的な物理量ではなく、不連続に「量子化されている」としています。

原子が光を出して電子が別の軌道に移動するので電子が消えてしまわない・・・ということも示されました。

⑩オーストリアのエルビン・シュレディンガー(1887~1961年)も、物質は粒子と波の両方の性質を持っていると考えました。

⑪さらに、ド・ブロイがいうには、「物質波」は、光が粒子性を持つなら、電子などの物質(粒子)も波動性を持っているので、どんなものもそれらの両性質を持っているとしています。

例えば野球ボールのように目に見えるものでもその考え方が成り立っているというのですが、その性質が観測されるのは非常に小さく、極微な世界(プランクの定数と呼ばれる6.63の10のマイナス34乗という極微の世界)にならないと観測されないもので、そのような極微の世界ではその物質波が影響するといいます。

⑫ドイツのヴェルナー・ハイゼンベルク(1901~1976年)は、電子などの微小世界では、観測することでその影響を受けて運動状態が確定できないという「不確定性原理」を提唱し、さらにはアインシュタインが「質量とエネルギーの等価性」や「それが光速で運動するときには、時間の進みが遅くなったり寸法が縮む」という相対論的な考え方をして光を考えています。

そのような小さな領域にある光(や電子など)については、電場や磁場は時間的に変化していくという「場(電磁場)の量子論」という考え方で現象を説明されることもあります。

たとえば、二つの電子の間には、光子が関係しているという内容があります。

また、物質は波動性と粒子性(=電磁波と光子)という2重性があり、二つの電子間には光子の交換によって電磁波が生じるとしています。

いいかえれば、電荷が電磁波を発生するのですが、その時、電子の周りに光子が漂っているという感じになっている・・・と説明されます。

でも、結局、光って何?

話は量子論に行ってしまいそうですが、光についての性質は、現在では、波動性と粒子性の2重性を持っているとして説明されており、おおむね、それで落ち着いています。

小さなスリットを通った光はスクリーンに干渉模様を作ります。

光の回折と干渉のイメージ

これは、シュレディンガー方程式での等位相面ということで説明されますが、海に飛び出た防波堤に当たる波のように、波の強め合い弱め合いが起きて波の強さの変化が縞のようになっているということです

また、電子の例ですが、それの1粒ずつをスリットでの挙動を観察すると、粒子としての点は確率的に広がっていって干渉縞に対応する強弱を作ります。

これらの素粒子の挙動は、次第に、量子論によってうまく説明されて来ています。

しかし、あのアインシュタインは、「神はサイコロを振らない」といって、量子論的な考え方を最後まで受け入れずに世を去りました。

でも今や、非常にわかりにくい量子論ですが、量子と言う考え方の素粒子物理学によって、宇宙の謎が明らかになりつつあったり、新しい製品にそれが生かされているということもあって、宇宙のような大きな領域を扱う相対論と、非常に微小な領域を扱う量子論を統一して考えることができる理論が模索されているのですが、どうなっていくのでしょう。

そして、結局、光はどうなるの?

ものすごいエネルギーを持って広がり続ける宇宙にあって、宇宙の歴史の初期に生まれた星から発せられた光は、ダークマターやダークエネルギーなどの見えない何かの中をかいくぐり、さらに、大きな重力があるとされる星やブラックホールによって進む方向を変えられながら、宇宙の芥子粒のような地球にいる、ちっぽけな人間の目に入って、そして、「美しい」と人が感じることで何億年、数千億年の「光の旅」は終わってしまうのかと考えると、すごいロマンを感じませんか?

いや、人の目に届いた光は、何らかのエネルギー(力)があるとすると、網膜で電気のような、何か見えない別の物質に変換されて、その後も宇宙をめぐり続けるのかもしれません。

雪の夜

地球にいるちっぽけな人間の目は、はるか彼方から届く、光輝く星の光を見ることができます。

これを眺められる人間ってすごい・・・ということに私のイメージは帰着してしまうのですが、みなさんはどのような気持ちで星の光を眺められておられるのでしょうか。

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