なぜ1年の始まりは立春や春分の日でないの?

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正月と新年などの日時は「暦(こよみ)」で決まる

豊中春日神社

子供だった頃は、12/25のクリスマスにプレゼントをもらい、お正月にはお年玉を貰って・・・と、年末年始はいい季節ですが、大人になって、歳取るごとに楽しみがなくなってくる感じがします。

そうはいっても年のはじめは何か一区切りの大切なときなのですが、なぜ「春分の日」や「冬至」などの太陽の運行に合わせた日でないのか・・・が気になっていました。

1月1日に「新年」が始まって、西暦はイエス・キリストの生誕から始まっているようですが、「そうしたら、クリスマスは何?」という疑問などもあって、それらを調べながらまとめてみました。

もちろんきっちりと調べて裏を取ることまではしていませんが、わかりやすくまとめた読み物程度におもってお読みください。

調べても、宗教的な部分は不明瞭なところも多いのですが、結論的にいえば、現在は、グレゴリオ暦にそって世界的な1月1日を決められていて、日本では、暦に太陽の運行に合わせた「季節」を割り振った二十四節気などの旧暦の習慣が合わさって生きている・・・という状態で、主従関係で言えば、暦があって春分などが決まる・・・ということなので、太陽の運行の区切りの春分点などが1月1日になることはなさそうだ・・・となるようです。

現在の暦はキリスト教が中心となっている西洋的なもので、立春や春分などは中国や日本のものですから、それらを一緒に考えられることはない・・・ということになるのでしょう。

そういえば、最近は、しばしばストロベリームーンやブルームーン(→こちら)という言葉を聞くことがありますが、これらはアメリカ原住民の季節感を示すもので、日本の二十四節気のようなものです。

それぞれの地には、このような季節感を表す言い伝えがあるのですが、日本には旧暦の季節を表す習わしがあるので、それらとともに、季節の用語などについて、寄り道しながら見ていきましょう。

新年

何気なく「新年あけましておめでとう・・・」と言っていますが、暦による新しい年の始めが「新年」で、広辞苑では、「あたらしい年。改まった年。年の始め。」とあります。

正月や1月1日との違いはなにかあるのでしょうか。

日本では太陽暦(グレゴリオ暦)を採用しているのですが、各国や各所では、グレゴリオ暦とは違う暦(こよみ)が使われているところもたくさんあるので、新しい年の始めは使われている暦によって異なる ・・・ ということになります。

ウィキペディアの新年の項目を見ると、日本の1・3・4・9・10・11・12月の各国の「新年」が紹介されています。

日本では1月1日が暦年(れきねん)の新年・・・ですが、明治以前には旧暦(太陰太陽暦の天保暦)が使われていたので、現在いわれている「旧正月」が1月1日(1月朔日で2022年は2月5日に新年)でした。

旧暦は月の運動が大きく関係しているので、月の満ち欠けによる1ヶ月は平均して29.5日、1年は(29.5x12 で)354日なので、太陽の1年とずれないようにするために、「閏月(うるうつき)」を入れて1年の調節をしているのですが、閏月のない年は354日前後で、閏月のある年は13ヶ月になるので、その年の1年は384日か385日になる・・・というややこしさがあります。

このように、旧暦の1月1日は、グレゴリオ暦日とはちがって、毎年異なってくる・・・ということが起こります。(グレゴリオ暦の太陽の運行とのズレは、2月に閏月として29日を入れることで調整しますね)

中国や韓国は太陰太陽暦が基本ですから、正月(暦の年初の年)にあたる「春節」は、日本で言う「旧正月」になり(しかし現在の「元日」はグレゴリオ暦に沿って1月1日とされています)、イランでは「春分の日」が新年の始まりですし、キリスト教でも、ユリウス暦を用いる東方教会の教会暦では9月1日から新年になる・・・などのように様々であることに驚かされます。

このように、各所の毎年のスタートが暦によって変わっているのは不都合なようですが、それぞれの暦が一元的に修正管理されておれば不便や不都合は起こらないようになっているので、わざわざ、グレゴリオ暦に統一する必要もないということになります。

太陽の運行に合わせて修正する手間はどの暦をつかってもでてきます。しかし、それにしても、日本は、明治に旧暦から現在の暦に変更されたのですが、思い切って変更したものだなぁ・・・と感心します。

毎年、中国などの春節に関するニュースが報じられるときに、「今年の春節は*日から・・・」というように報じられるのは、それが太陽暦と異なる暦の行事で、毎年変動する可能性がある・・・ということですが、もちろん、中国の太陰太陽暦でも修正は絶対に必要になるので、いずれにしても、暦に携わっている人は大変です。

春節祭

中国の春節や米国(USA)などのクリスマスはニュースでも紹介されるように、日本の正月とは比べものにならないほど盛大なお祝い風景が見られます。 逆に、新年の1月1日はお添え物のようになっているようですが、現在の暦よりも昔からの習慣が大切にされるのは好ましいことで、日本にある二十四節気や雑節(節分や彼岸など)なども大切にしていきたいものです。

西暦とイエスキリストと1月1日

話は混乱するのですが、西暦はキリストの誕生年から起算されていて、一般的には、1月1日がキリストの生まれた日ということになります。

そうすると、クリスマスはキリストが生まれた日ではなくなるのですが、どうも、正式にはクリスマスは「キリスト誕生をお祝いする日」ということのようです。(「降誕を記念する祭日」とされていますが、私はキリスト教についてはよく知りません)

さらに、キリスト教では、キリストの誕生日よりも復活日を重視するので、復活祭の日が重要なのですが、これも古いものですので、太陰暦で、基本的には「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」とされていても、教派によって復活祭の日にちや時間が違う・・・などの矛盾があります。

キリストの誕生日についても、教派によって違うので、結局のところは、キリストと現在の暦を合わせて考えないほうが良さそう・・・と言えそうです。

現在の1月1日はグレゴリオ暦が決めている

いろいろな主張(意見)があるということは、結局のところ、「キリストの生まれた日は明確でない」と言うことですので、ここでは、キリストは無視して、「現在のグレゴリオ暦によって1月1日が決定されている」・・・ということにしておきます。

「暦」は、都度の天体の運動を観測して作られるもので、過去からの年月を連続的に記録しているものではないのですが、少なくとも、グレゴリオ暦を採用しているところは、今年の1月1日はどこの国でも同じです。

暦の誤差が毎年修正されるものだとすると、つまり、古い古い時代のキリストの誕生日が史実として記載されていても、年月的に正しいかどうかもわからないでしょう。

言い換えれば、「今年の1月1日」が世界的に共通のものなら、各所で用いられている暦が違っても、世界的に最も多く用いられているグレゴリー暦に合わせることで用が足りることになります。

だから、他の暦を用いていても、「**暦の新年はグレゴリー暦の*月*日です」や「グレゴリー暦の*月*日が**暦の新年になります」・・・という言い方をして、対比させておけば、問題が生じることもありません。

現在の日本でも同じように、*月*日は旧暦の*月*日・・・という言い方がされていますが、これについても、旧暦は古くからの習慣や生活に密着していて、古くから使われている「季節感を表す言い方」で、無くてはならないものですので、このような対比しながらの紹介のしかたは、当面は変わらなく続けられていくのでしょう。(日本の暦については後ほど取り上げます)

正月

正月は1月のことで、これも上の「新年」と同様に、使用されている暦の年初の月が正月(=1月)です。

日本の「正月」は本来、旧暦の1月のことですが、現在では、現在の暦の1月が正月とされています。

元旦

「旦」という字は、水平線から太陽(日)が出る様子を表している・・・と、しばしば説明されているように、元旦は「1月1日の朝」すなわち「新年を迎える朝」ということです。

日本の暦とグレゴリオ暦

以上を見てくると、各国や人々に用いられている暦は、古くからの季節感や生活感が詰まっているので、簡単にはグレゴリオ暦に統一できないものの、グレゴリオ暦と対比できれば問題がないのですが、日本人は非常に柔軟なのか、合理主義的なのか、明治時代になって、グレゴリオ暦に変わっています。

それもあって、この日本の暦やグレゴリオ暦について知っておくといいかもしれません。

日本の暦(現在の暦)

現在の暦は「国立天文台」が編纂しています。

もちろん日本国の暦の基本になっているのですが、これを「グレゴリオ暦」というのも違和感があります。 グレゴリオ暦に沿っているもので、現実的には、それに加えて、二十四節気の関係事項や月の運行での旧暦の管理までが含まれています。

暦の作成管理には、太陽をメインにした天体の運行観測を伴うので、大学や国の機関などはもちろん、世界中が協力して暦を作成していると言っていいかもしれません。

それらを国立天文台では、「暦要項」「暦象年表」というものを公表して、翌年の暦としてその前年の2月に官報に公示しているのですが、これらは、毎年発行される「理科年表」を見るのがわかりやすいでしょう。(ポケット版で1400円程度です)

理科年表 (少し古いですが、平成30年の理科年表)

その最初の「暦部」の冒頭に、平成30年 西暦2018年 (平年)年の干支は戊戌(つちのえいぬ) ユリウス日は2458119.5 ・・・というような記述があります。(毎年新しく書き換えられています)

この「ユリウス日」は天文学で使われるもので、西暦-4713年1月1日からの日数を示すもので、ユリウス暦とは異なるものですので注意が必要です。

また、理科年表には「1月1日世界時0hのユリウス時(JD)は2458119.5である。ユリウス時より2400000.5日を引いたものをMJDという。」とあります。

この「世界時」は、地球の自転を基準にした平均太陽時で、イギリスのグリニッジを通る経度を0度として、各国は、グリニッジと各国の時差をとって時間を定めていて、日本は日本標準時JSTで世界時より9時間進んだ時刻が「日本時間」になります。

そしてこのJDをコンピュータなどでの計算を簡単にするために、桁数を少なくして計算しやすいように、西暦1858年11月17日0時を0日とした数字をMJD(修正ユリウス日)としている・・・ということです。

JDに0.5という端数があるのは、夜中の0時は太陽が見えないので、正午(見えやすい真昼)に変えているということで、正午に対して、夜中の0時を「小子(しょうし)」といいます。

つまり、これらによると、この理科年表にある、平成30年は西暦-4713年1月1日から決まった数字ですので6700年も前にさかのぼって管理されている値ということになります。

このマイナスは紀元前(Before Christ)で、BCと記され、紀元後はADと記されるのですが、それはanno Domini のことで、この「紀元」は西暦紀元=キリスト紀元のことです。

しかし、そのキリスト紀元も、かなりいい加減なところがあって、キリストのIncarnation(神が人間の形になる)の時を「紀元」としているようですので、「古くから正しく計算されていますよ・・・」という程度に考えておくのがいいでしょう。

「紀元1年の前年は紀元前1年」で0年がないなどと、あやふやな感じがするところもあるのですが、ともかく、グレゴリオ暦などで決められた「世界時」というもので「今年の1月1日」が決まりますから、太陽の春分点通過などは暦には全く関係ないということになります。

日本は明治5年に現在の暦に移行

明治時代に、現在のグレゴリオ暦に沿った新暦に変わったのですが、それまでは、月の満ち欠けを基準にする「太陰太陽暦」が使われてきました。

現在はこれを「旧暦(通常はそれまで使われていた天保暦を指します)」と呼んでいますが、季節の移り変わりは月の満ち欠けではなくて太陽の位置で決まるために、月の運行を元にすると、1年が約11日短くなり、それを修正するために、3年に一度の「うるう月(1年が13ヶ月の年になる)」を入れて修正すると、年によっては、季節が1ヶ月近くも飛んでしまうことがある・・・という不都合さがありました。

その点では、あたらしい暦は太陽暦なので、「旧暦ほどに月日と季節が大きく狂うことがない」と言えます。

二十四節気と季節感

現在は太陽暦ですので、二十四節気(大寒、春分など)や雑節(土用や彼岸など)は太陽黄経(太陽が通る天球上の通路(黄道)で決めていることから、旧暦のように、年ごとの日にちが大きくずれることがありません。(ずれたとしても、年ごとの変動は最大1日程度)

二十四節気では、季節を4つに分けて、視黄経(春分点を0度として公転面に投影した経度)で24等分して(360度÷24=15度で季節を分ける)、そのそれぞれに、中国で使われていた季節を表す言葉(立春や夏至などの24個)を当てはめたものです。

これについては、中国と日本の季節感が少し異なるので、「違和感がある」と言われることもありますが、これは24に割り振っただけですので、当然、旧暦であっても季節とのずれがあったはずです。

太陰太陽暦の日付で季節感を表したものを太陽暦で判断しているのですから、多少の違いがあるのが普通です。目安としてみればいいものです。

「全く違う」「季節があっていない・・・」といっても、昔々からずっと、二十四節気の季節感で暮らして来た・・・ということですし、違いもまた「話題」だとして受け流せば、結構うまく季節が割り当てられていると思えるのですが・・・どうでしょうか。

だから、ニュースなどで、例えば、8月7日頃に「今日は『立秋』です。暦の上では秋ですが、日中は、真夏日となり・・・」というように報じられていますが、これは「言葉のアヤ」で、「立秋だから秋になる」ということではありません。(→こちらに二十四節気などの関連記事を書いています)

グレゴリオ暦について

グレゴリオ暦は現在では最も多くの国が使っている暦(こよみ)で、ウィキペディアには、「それまで使っていたユリウス暦を改良したもので、1年を365日として、400年間に97回の閏年(うるうどし)を置くことで格段に精度が向上した」とあります。

現在の実太陽年は約365.242・・・日で、ユリウス暦は1年を365.25日としていますから、当然ずれていくのですが、暦は実際の観測して決まるもので、当然、変わっていくものですので、作る方は大変ですが、使う方はそんなに気にする必要はありません。

わたしの閏年の覚え方は、「ほぼ4年に1回の2月29日があって、100で割り切れるときは閏年でない」と覚えているのですが、もっと詳しく知りたい方は、ウィキペディアのグレゴリー暦を御覧ください。

近年は計測技術の向上で、太陽などの天体の運行から暦の正確度が上がり、コンピュータなどに関係する「時間の大切さ」などもあって、秒単位の修正(うるう秒)が行われているのですが、歴史的に見ると、1年の精度はグレゴリオ暦のほうがいいといっても、もともとは、ユリウス暦を使ってキリスト教の行事日を決めていたものが新しい暦に変わると、その行事日時も変わるので問題が生じるのは当然です。

さらに、ユリウス暦は今でも使われているところがあるようですので、例えば、「復活祭」などの重大宗教日を決める場合には、日本の「秋分の日」を決めるのとは比べ物にならないほど大きく、その折り合いの議論も大変なことでしょう。

新暦になって、日本の変わりようもスゴかったはずですが

日本では明治5年12月2日(旧暦)が「グレゴリオ暦の1872年12月31日」で、その翌日の12月3日(旧暦)は、「グレゴリオ暦の1873年の『明治6年1月1日(新暦)』」となったことが簡単に受け入れられたようなのですが、ウィキペディアによれば、「もしも旧暦での閏月があると、月給制に移行したばかりの給料支払が増えるのを政府が嫌っていて、新暦に移行することで1ヶ月分節約して財政難を乗り切る」と言う理由・・・とあります。

何よりも、それをうまく進めた政府もすごいですし、国民も大変素直で先見の明があった・・・と感心させられます。

立春と春分の日と正月と・・・

さて、ここまでは、お正月は「暦」で決まってくるもので、春分や夏至という太陽の運行で決めたものとは関係ない・・・ということでした。 すなわち、季節的にキリが良い「立春を元旦にすることは根本的に無理」ということになります。

ここで、太陽的な日の「立春や春分の日」などについて見ることにします。

立春

立春は、旧暦の1月1日を含む二十四節気の「期間」で、冬至と春分の中間で、2月4日から2月5日頃にあたります。

観測によって等分した「点」を国立天文台が決めているのですが、理科年表を見ると、二十四節気の全部と雑節の一部には、*日*時*分までが示されています。

旧暦が使われていた頃は、立春から1年が始まると考えられていましたし、「雑節」の土用、彼岸、二百十日・・・なども立春が基準になるので、この立春がいつかを決めるのは大切なことになるのですが、現在は、国立天文台で、太陽黄経315度の時を「立春」と決めて、2月の初めのこの頃は例年は寒い時期ですが、「寒さも峠を越え、春の気配が感じられる」と紹介されています。

また、旧暦の正月(1月1日)は、「二十四節気の『雨水』の直前の「朔日(新月=月齢ゼロ)」ということなので、閏月のあるなしによって、現在の暦の1月末頃~2月末頃までを移動する可能性があります。(2022年は2月1日が旧正月、2月4日が立春です)

測定によるので、日にちがずれることがある可能性から、「暦」は前年の2月にその日が決まるということを先の記事で書きましたが、ともかく、現在の「立春」は旧暦の1月1日・・・という言い方は正しくないということです。

旧暦(日本では普通は、太陰太陽暦の天保暦をいう)では、二十四節気の「立春」と次の「雨水」を含む月を「正月」としているので、つまり、元日は「立春の頃」として、旧暦上で、江戸時代の天文台に勤務する「天文方」という人たちが決めていたようで、旧暦(太陰太陽暦)の時代は日本で独自に元旦を決めていたということになるのですが、これもすごいことですね。

春分の日

「春分の日」は、太陽が春分点を通過する日を「春分日」とされています。

これについても、太陽の観測で春分点を決めるので、前年の2月1日に翌年の春分の日が決まる(国立天文台が決める)ことになっています。(2022年は3月22日0時33分が春分点です)

春分点は、太陽が赤道を南から北に横切るタイミングです。

太陽、月、惑星などの影響で、それらの軌道は波打っているために、単純に計算することが難しいことから、計算だけでは「ずれ」が生じる可能性があるので、このように、観測に基づいて前年に春分の日(と合わせて秋分の日を)決める・・・ということになっています。

これだけコンピュータが発達しても、3つ以上が関係する天体の軌道は計算が難しい(これを「三体問題」というようです)・・・ということを聞いたことがあるのですが、天体の不思議だとびっくりするとともに、観測してそれを決めている国立天文台もすごいと感心してしまいます。計算で日食の予想をしていることなども驚きですね。

話は逸れますが、何十年も先の日食の日時が公表されていますが、「絶対か?」というとそうではないものの、暦もそうですが、絶えず観測されていますので、常に修正されて、実際に日食が起こるときには、「1分以下の精度」で計算されている・・・というすごいことが行われています。

このように、立春や春分の日は、太陽の動きが基になっているので、今の太陽暦からすれば、春分の日を1年の始まりとするのが理にかなった感じが残るのですが、やはりキリスト教の影響が強いグレゴリー暦が基本で「1月1日」を決めている・・・ということはよほどの強力な宗教がでてこない限りは変わることがないのでしょう。

 

キリスト教では、復活祭(イースター:キリストが死んで3日目に生き返ったことのお祝い)の日にちを決めるのを「春分点の3月21日(頃)を基準にして、逆算して1月1日が決まる」といいます。このことから、1月1日が決まっているといいます。

復活祭は「春分の日のあとの最初の満月の次の日曜日」と決められます。もともと「満月」とあるので太陰暦の要素も入っている感じですが、お祝いしやすいように「日曜日」としているのは面白いところですね。

さらに、教会の宗派(一般的には西方教会と東方教会)によっても日にちが異なっている・・・と言いうのも、実に変な「移動する祝日」です。

最後に

毎年11月頃から、書店には新しい年の暦(運勢暦、開運暦など)が販売されています。そこには、以上説明した「暦」に加えて、陰陽思想や星の方位などによる運勢・運命などが掲載されていて、読んでみると、「味」があって面白く、暦部分は結構役に立ちます。

販売されている暦

楽天で販売されている「暦」です。結構い面白くて役に立ちます。 ←楽天のページを案内していますが、この他にも色々あります。

内容を比べたことはありませんが、上で紹介した「暦」の部分は日本全国共通ですし、さらに、いろいろな言葉の解説が書いてあるので、例えばカレンダーに「赤口」と書いてあっても、なんのことかわかりませんが、これらの言葉の解説も書かれています。

これらの市販の運勢暦と先に紹介した「理科年表」は、読むと結構面白いものですので、是非購入して座右においておかれると、天体の運行などにも興味がでてくるかもしれませんね。

 


(あとがき)長い文章でしたが、「なぜ太陽の運行を基準にした『立春』や『秋分の日』が1月1日にならなかったか?」という私なりの答えは、「太陽の力よりも『キリスト教』の力のほうが強かったから・・・」ということにしておきましょう。

ちなみに、2022年のカレンダーでは、旧元日は2月1日になっています。実は、私自身も小さい頃には小正月の1/15と旧正月を間違えていたくらいでした。

ここまでいろいろ書いてきましたが、日本人は、西洋人に弱くて簡単に外国文化を受け入れてしまう気質と思われがちですが、意外と合理的人種と言える感じもします。

 


(来歴)H30年1月記事作成 R3.11月全面見直し