鉄鋼では重要な合金元素 クロム

クロムはしばしば「クローム」「クロミウム」などと表示されますが、ここでは クロム Cr としています。

クロムが関係する身近なものは、ステンレススチール(ステンレス鋼)でしょう。鋼にクロムが加えられることで、耐熱性、耐酸化性が向上します。

そしていろいろな鉄鋼部品類にクロムメッキをすると耐食性や耐摩耗性を増すので、Crはいたるところに広く使われています。

また、人間の身体には成人で2mg程度が含まれる必須栄養素で、人体でCrが不足すると、糖尿病になる可能性が高くなるといわれます。その反面、「クロムは猛毒」という話題も耳にします。

ここでは、正しい知識を知っていただけるように、これらについて、わかりやすく解説していきます。

原子番号24 クロム 気になる毒性の話

周期表

原子番号24の金属元素で、主に、3価と6価のクロムがあります。6価のクロムが要注意です。

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この「価」というのを、無毒の酸化クロム(Cr2O3)で説明すると、酸素Oは陰イオンの2価、つまり「-2」でそれが3つ(-2x3=-6)ですが、それに対して陽イオンの3価のCrが2個(+3x2=+6)で足し合わせると、プラスマイナス0となって、安定に結合している物質になっています。

しかし、酸化クロムにも数種類あり、CrO3(3酸化クロム)のような猛毒の6価のクロムもあるので、これが注意しなくてはならない、危険なものです。

酸化クロムの粉

この酸化クロム(3価の無毒のクロム)の粉末は、私の勤めた会社が、金属関係の仕事をしていたので、顕微鏡組織を観察するために、金属表面を磨く「研磨剤」として、昭和年代の終わり頃まで使用していたものですが、「クロムは毒」「重金属は危険」ということが急に叫ばれて、この使用をやめて、アルミナの研磨剤に切り替えたという経験があります。

この酸化クロムは、3価のクロム(Cr2O3)なので毒性はなく、金属を鏡面に研磨仕上げするための作業効率も、非常に良かったのですが、風評被害と環境を考えて使用を中止しました。もちろん、廃液などでの、環境汚染が皆無とはいえないので、使用中止はやむを得なかったのでしょう。

ともかく、3価(+3)のクロムは無害ですが、6価(+6)の、例えば、クロム酸カリウムK2CrO4は劇物だということを知っておくといいでしょう。

クロム酸カリウムは猛毒だがクロム元素は人間に必要

このクロム酸カリウムは0.5~1gが致死量とされており、体内に入ると簡単に還元されて、安全な3価クロムになるときに、タンパク質や酵素と結合して、人間の器官の機能を失わせるようです。

ともかく、接触しても吸引してもガンになるなどの、重大なダメージを受けます

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その反面、人間の身体は毎日1mg程度のクロムを摂取しないといけないと考えられており、レバー、エビ、豆類、キノコ類や、精製されていない穀類などを食べることで、適量を摂取しています。

人体(70kgの成人)で、2mgのクロムが体内にある・・・とされています。

摂取したほとんどの同量が排出されていて、それで代謝されているのですが、クロムは、糖やコレステロールの代謝に不可欠と考えられており、食べ物から摂取されるということは、自然界でクロムが食物連鎖しているということです。

もちろん、猛毒の6価クロムのほうが、無毒の3価クロムより活性が高くて、体に取り込まれやすいのですが、6価クロムは、特定のクロム鉱石に含まれる程度で、自然にはほとんど無害の3価のクロムとして存在します。だから、通常の生活では6価クロムの危険性を気にする必要はないでしょう。

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ちなみに、サプリメントでは、ピコリン酸クロムなどで3価のクロムを摂取しますが、多くは、鉄、銅、亜鉛、ヨウ素、セレン、モリブデン、コバルトなどの体内に必要な微量元素をあわせて、サプリメントとして配合されているものが多いようです。

しかし言うまでもなく、サプリメントも、とりすぎると毒になります。 サプリメントを取るときには、金属類の過剰摂取は危険な場合が多いので、注意が必要です。

 

【重金属とは】

鉄の比重(約7.8)以上の金属を「重金属」という分類があります。

クロムの比重は7.2で、鉄よりも軽いですが、クロムは重金属に分類されています。

この理由は、「重金属」の反対語が「軽金属」で、軽金属には、アルミニウムやマグネシウムなどが挙げられます。

その「軽金属」に対して、比重が4程度以上のものは重金属になるので、「クロムは重金属」だという分類になっています。

クロムの重要性とステンレススチール

クロムは金属の代表格「鋼(はがね)」には欠かせない元素です。(鉄の項を参照

鋼は、鉄Feと炭素Cの合金で、それにさらに、元素を加えて合金化することで、優れた鋼の性質が付加されることで、最も需要の大きい金属です。

その主な合金には、マンガン、クロム、モリブデン、コバルト・・・などがあり、この、クロムを加える量によって、鋼の強靭化や耐熱性、耐食性が高まります。

もちろん、鋼の状態では、これらの重金属が含まれていても、毒性や危険性はほとんどない・・・ということも頭に入れておいてください。

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「鋼(はがね)」は、鉄Feの合金なので、錆びやすいのが欠点です。その性質を改良した、錆びにくい(耐食性、耐酸化性の高い)鋼として、各種のステンレス鋼があります。

ステンレス鋼は、普通鋼(鉄と炭素の合金)に耐食性・耐熱性の高いクロムやニッケルを加えたものですが、サビないのではなくて、「さびにくい」という鋼で、包丁や流し台など、多くのところで見かけるでしょう。

このステンレス鋼には、いくつかの種類があり、比較的安価なもの(フェライト系ステンレス鋼)、耐食性の高いもの(オーステナイト系ステンレス鋼)、刃物などに使われるもの(マルテンサイト系ステンレス鋼)などがあって、一般的には、耐食性の高いものは高価ですし、刃物に使うものは耐食性は若干劣りますが、焼入れによって、硬い刃物の材料として使われます。

鋼は、合金量を多くしても、配合のしかたを変えても、すべてを満足する総合性質を持たせることが出来ませんので、目的に応じた鋼を、その特徴が出るような熱処理をして使う必要があります。

少し専門的になりますが、ステンレス鋼について、概要を知っていると、役に立つので、これを簡単に紹介します。

現在、ステンレス鋼の分類をする場合は3つまたは5つの種類(系統)に分類されており、昔からの3つの分類方法が一般的です。 私は、(1)安価なステンレスのフェライト系 (2)磁石につかないオーステナイト系 (3)熱処理で硬くなるマルテンサイト系 ・・・という覚え方をしています。

1)フェライト系ステンレス

13Cr(じゅうさんくろむ)と呼ばれる、13%のクロムを含むステンレス鋼で、最も安価なこともあって、流し台やステンレス浴槽などに多く使われているものです。

ステンレス鋼を見分ける場合は、磁性があって、磁石に引っ付くかどうか で見分ける人もいて、磁石につかないのが「高価」とする人もいますが、この方法で高価かどうかを判定するのは、当たらずとも遠おからず・・・というレベルで、少し微妙です。

2)オーステナイト系ステンレス

ここれに分類されるほとんどの鋼種は、非磁性で磁石には引っ付きません

最も普及していて有名な鋼種は、18-8ステンレス(じゅうはちはちステンレス)が有名で、これには、18%のクロムと8%ニッケルを含み、スプーンやフォークなどの食器や耐食部分の部品などに用いられます。

また、耐熱用途や耐食性が要求されるものや、極低温で使用させるものなどは、この、オーステナイト系ステンレス鋼が使われます。

もちろん、多くの鋼種があって、優れた特徴のある鋼種ほど高価です。

3)マルテンサイト系ステンレス

焼入れをして硬くなるステンレス鋼で、包丁などの刃物にたくさん用いられています。

硬くするために、炭素を多く含みますので、オーステナイト系に比べて耐食性は劣りますが、硬くて強い品物にできるステンレス鋼です。

錆びにくいことから、高級包丁などにも、ステンレス鋼が使われてきていますが、昔ながらの高級包丁などに使われる「炭素鋼製の包丁」に比べると、切れ味が劣るのは仕方がありません。

近年はステンレスの種類も多様化して、上記3つの分類以外に、④析出硬化系ステンレス ⑤2相系ステンレス など合計5つに分けて説明されることが多くなっていますが、専門分野の内容ですので、ここでは触れません。

ステンレス鋼は錆びないのではなく「錆びにくい」鋼材

ステンレス鋼は、通常の鉄製品に比べると、非常にさびにくい鋼です。

これは、クロムの酸化物(進行しにくいサビのようなもの)が表面にできることで、鉄Feのように「赤錆」がでないので、結果としてさびにくくなっています。

砥石などで磨くと黒い汁が出ますが、これが耐食性の源になっている、クロム酸化物が溶け出している証拠です。

もちろんこれも、有毒ではありませんが、金属なので、無毒ではないので、直接に、飲んだり食べたりしないほうが無難です。

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鉄鋼に重要なクロム

鉄鋼の大きな特徴は、熱処理(例えば、焼入れなど)をすることで、機械的性質を大きく変えることができる点で、現在の文明は「鋼」で支えられているといっていいでしょう。

その鋼に「クロム」を添加して合金化させると、
①大きな品物も焼入れで硬くなる「焼入れ性の増大」
②硬さの上昇や炭化物を造ることで「耐摩耗性の増大」
③鋼の組織を強くして「ネバさ・強さの増大」
などの効果が得られます。

工具に用いられる工具鋼(ダイス鋼)や高速度工具鋼(ハイス)と呼ばれる鋼材は、クロムのほかにマンガン、ニッケル、タングステン、モリブデン、バナジウムといった元素を配合することで、様々な特徴を持った鋼が製造されています。

その製造法も、従来の製鋼法ではできない成分のもの生まれており、その一つに、粉末にした鋼を固める方法(粉末冶金:ふんまつやきん)によって作られた「粉末ハイス」などの新しい鋼が製造されています。

ステンレス鋼は無害か?

ステンレス鋼には、クロムなどの重金属がたくさん含まれます。そして「重金属は危険」という考え方も一般化しています。

そうすると、通常に販売されて使用されている商品や製品は無害と考えていいのか・・・という問題があるので、ここでは、鉄鋼製品などの有害性についての考え方を紹介しておきます。

安全衛生法では、鉄鋼の使用量(製造のための量)やその廃棄についても、特に問題にはされていないのですが、ステンレス鋼の研磨粉や微細な切り屑などの廃棄物になると、それらを吸引したり、環境に影響する可能性があって、その判断は微妙で、有害物になる可能性がある「グレーゾーンの状態」にあります。

もちろん、無害とはいえ、金属アレルギーを起こす人もいるので、法律的な問題ではなく、基本的に、金属類を長期間肌に密着させたり、直接に摂取することは避けるべき・・・と考えておくのが無難です。

クロムなどの金属類をサプリメントで摂取する人もいますが、人体に含まれる微量元素は重要とはいっても、「微量」の範囲を超えると危険です。

たとえ販売されているサプリメントだといっても、それを摂取する場合は、医師などの専門家に相談するのが良く、元素量が足りない場合を除いて、摂取には慎重であるのが望ましいでしょう。

また、ステンレスやチタン、プラチナなどがいくら人体に無害だと言っても、長期間の接触や摂取はしないようにするのが賢明でしょう。

クロムメッキの話

知ったかぶりをする人が、「クロムメッキは六価クロムを使用するので有害だし、クロムも重金属なので・・・」などと書いている個人の意見記事を見ることがありますが、これを真に受けると大変です。

メッキ工場やその工程は十分管理されており、メッキ製品自体は危険なものではないので、メッキについて正しい知識を知っておきましょう

めっき液に使うクロム溶液で、3価と6価クロム系のものが使われますが、下のように、製品になった状態では、完全に無毒化されているので、使う側の問題はありませんが、逆に、加工工場では、取り扱いや廃液処理については、厳格な管理が求められている・・・というものですので、間違った知識を流布しないように気をつけてください。

クロムメッキ

 

メッキとは

メッキは、電解液中に品物を入れて通電して品物の表面に金属(この場合はクロム)を表面に固着させることです。

電気で通電しない化成処理もありますが、多く行われている「クロメート」はクロム酸塩を用いる処理のことを言い、電解液は「クロム酸」の状態で、3価のクロムや6価のクロムの溶液を使って、電気的にイオン交換でクロム被膜で品物の表面を覆う処理をするのが「メッキ加工」です。

クロムメッキとは

耐食性向上、耐摩耗性向上、光沢性向上などの目的でメッキをしますが、クロムメッキには、大きく分けて ①装飾クロムメッキ(ニッケルクロムメッキ) ②硬質クロムメッキ(工業用クロムメッキ)があり、有害な6価クロム電解液を使うほうが、メッキがやりやすく、品質の良いものができます。

しかし現在は、3価の電解液を用いたり、その他の金属による皮膜処理も開発されて、安全性をうたっているものに移っていく傾向があるのですが、品質的には、有害の、6価クロム電解液を用いる方法が優れているとされます。

メッキ後の色メッキ後の色

メッキをした品物は、最終的には洗浄された状態で品物になり、この状況では、3価や6価のクロムがイオン的に化学反応する状態でないので、触っても無毒の状態です。

クロムメッキされた製品はいたるところにありますが、きっちりと洗浄処理されていれば無害です。

それでは、何が問題かというと、メッキ液(電解液)を扱うメッキ業者さんが接触したり微粒子を吸引する危険性と、廃液が問題になります。

過去には、業者が「無知で取り扱う」「費用を下げるために廃液の処理をしなかったこと」などがあって、重篤な病気になったり、廃液を処理しないで、河川を汚染して、生態系に問題を起こしたのですが、現在では、法律的にも規制が厳しく、安全に管理されています。

この「硬質クロムメッキ」は、耐摩耗性が高く、長時間電解すれば、メッキ層を厚くすることができるので、非常に優れたものです。

私自身も、この「硬質クロムメッキ」は、しばしばお世話になっていて、軸の外形寸法を削りすぎて、寸法不良になったところに、このメッキをしたあとに、最終仕上げ直しすると、耐摩耗性に優れた品物に「生き返る」のですから、非常に素晴らしい加工法です。

メッキ加工をする場合は、通電時に、製品側のクロム層に水素ガスが発生し、それが残ると水素脆性によって鉄鋼製品が早期破損するなどの問題が生じる場合がありますが、これを防ぐために、十分な洗浄とともに、メッキ後に200℃程度の加熱処理(これをベイキングといいます)することなどが行われます。

これらによっても、電解液が品物に残留する危険性も、非常に低いといえます。

このメッキ層は、焼き入れ鋼の表面硬さ以上の硬さがあり、膜厚も厚いので、メッキ後に研磨することもできるので、先ほどの加工ミスの救済だけではなく、耐摩耗性の高い、高精度の製品のためには、よく用いられている処理法です。

このために、硬質クロムメッキは、他のメッキに変えられないという優秀さもあって、重要な技術で、なくてはならない処理です。

 

その他 クロムの雑学

【宝石】

ルビーは高価な宝石ですが、これは、地中でコランダム(ダイヤモンドに次ぐモース硬さ9の鋼玉)に1%程度のクロムが混じると、濃い赤色のルビーになるとされています。

クロムが0.1%程度ではピンクサファイヤになり、価値が下がりますし、鉄やチタンが入ると青色のサファイヤになるという「自然の不思議」ですね。

ルビー原石

現在はこのルビーはもとより、サファイヤ、アメシスト、アレキサンドライトなど主要宝石のほとんどは合成されるという噂もありますが、今日、熱処理などを含めて、手を加えられていない宝石は皆無と言ってよいでしょう。→コチラも参考に

ルビー関連の人工製造法では、酸化チタンを使う、ベルヌイ法(原料粉末を酸水素炎で落下させながら溶融して結晶を成長させる方法)での高級ルビー製造は古くから行われているようですし、熱処理や放射線を使って着色を変化させるて高品質化するなどは、当たり前のように行われているようですが、決して、改造された宝石の価値が低い・・・ということではないのも、宝石の不思議な一面です。

【クロム鉱石の採石】

クロム鉱石は南アフリカ共和国(44%)インド、カザフスタン(各17%)で多く産出され、偏在しているうえに、日本では鉄鋼業などでたくさん消費するレアメタルなので、使用量の60日分が政府の方針で備蓄されています。

【レアメタルの国家備蓄】

レアメタルとよばれるなかで、ニッケル、クロム、タングステン、モリブデン、コバルト、マンガン、バナジウムの7元素については、国家備蓄が42日分と民間備蓄18日分の60日分を、平常時の使用量を基準にして、市場価格の安定化を図る目的で備蓄されています。

レアアースなどについても、順次備蓄することで品目が追加されています。

これら元素(=レアメタル)の主な使用目的は、鉄鋼や合金用途ですが、話題に上るものとしてはフェロクロム(鉄とクロムの合金)、フェロニッケル(鉄とニッケルの合金)などが金属相場を形成していて、近年では、中国の動向で価格が左右する・・・という話題が、ニュースなどで聞かれます。

そのため、鋼材価格には「サーチャージ」という仕組みが組み込まれれるようになっていて、鋼材価格も、短期的な相場の影響を考慮した価格体系が出来ています。(ただしこれは、「ひも付き価格」と呼ばれる、個別の多量取引の場合の、メーカーと需要者との価格の体型で、小口の小売価格ではこのような言葉は使いません)

 

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