大阪メトロの四つ橋線に沿って地上を歩きました

街の中を歩くと、自動車に載っているのと違う目線でいろんな物が見えてきます。

四つ橋線を南に向かいます

ここでは、大阪メトロ(大阪地下鉄)の四つ橋線に沿って、その地上を歩いてみました。街の思い出もあわせて紹介。

今回歩いた四つ橋線 GogleMap利用

大阪中心部を南北に走る主要道路は、谷町筋、松屋町筋、堺筋、御堂筋、四つ橋筋、なにわ筋などがありますが、四ツ橋筋は大阪市内の主要道路の一つです。

市内の主要道路は一方通行になっており、四ツ橋筋は、難波~梅田までが北行き一方通行になっていて、なんばの南側で対面通行になります。

特にこの四つ橋線は、場所によって道路の呼称や構成は複雑でわかりにくく、大阪メトロの西梅田駅の地上から南下すると、道路元標のある「梅田新道」から出た国道25・26号線が御堂筋を進み、難波の南側で四つ橋筋と御堂筋が合流し、その南の大国町交差点で国道25号線が奈良方面に向かっていて、四つ橋線は、そこから国道26号線になります。

そのために、それまでの西梅田から大国町までを「大阪市道南北線」という表記が用いられていますし、その地下を走る大阪メトロは、西成区玉出から大きくカーブして国道26号線から離れて、南港通からなにわ筋の地下を進みますので、ともかく、ここでは、大阪メトロの地下鉄に沿って歩くことにしました。

大阪メトロの四つ橋線に沿って12kmを南下

大阪メトロ(旧名:大阪市営地下鉄)の「四つ橋線」は、西梅田~難波~大国町~玉出~住之江公園までの地下路線で、道路に沿って地下鉄が走っていますので、今回はこの、西梅田から住之江公園駅までの地上を歩きました。

上のグーグルの地図では、全行程は約12㎞で所要時間は2時間半となっています。

ともかく休憩無しでノンストップで歩いたのですが、信号のタイミングもあって2時間45分かかっています。

それでは、朝9時に西梅田駅から出発です

桜橋に出て、四つ橋筋の東側を南下します。

うつぼ(靱)公園

整然としたビル街を眺めながら南下します。

中之島を過ぎて、緑を感じる初めての場所が「靱公園」ですが、これは「うつぼこうえん」と読みます。

WEB記事には①「靱」と②「靭」(つくりの部分が違う)の両方が用いられていますが、正しくは①の方で、①は矢などを入れる筒型の容器のことで、②は靭性(じんせい:金属的には、強靭性、耐衝撃性という意味)とあるように、粘りがあってなめらかという意味のようで、①のはずなのですが、実情をみると、①も②も使われていますね。

私は、公園が横に細長いので「海のギャング『うつぼ』」のことかなぁ・・・と思ったのですが、ウィキペディアでは、ぜんぜん違う内容の由来が書かれています。



Wikipediaによると、「靱」の由来は、魚商人たちが『やすい、やすい』と威勢のよい掛け声で魚を売っていたのを聞き、『やすとは靱(矢を入れる道具。矢巣とも言った)のことじゃな』と洒落たことからその名が付いた・・・ ということのようです。

このあたりが海や川だったこともうかがわせるのですが、最近は、表示板にもひらがなで書かれるものが増えましたので、「うつぼ公園」なら読めて、「靱」は難しいのですが、正しい漢字に統一して、感じを残すほうが、後々に良さそうに思いますが、どうでしょう。

靱公園1

「都会のオアシス」という言葉がありますが、この靱公園は、町の中に古くからある公園・・・という感じで、後世に残したい場所です。

靱公園にあるオブジェ

写真の人々はすべて「作り物」です。遠目では子供連れの家族と見間違いそうな、うまく作られている芸術品がいくつか置いてあります。

お昼休みになれば、たくさんのビジネスマン・ビジネスウーマンの姿が見られます。

公園の東端が四ツ橋筋ですが、公園は横に長く、西側は、なにわ筋を突っ切り、あみだ池筋まで横に伸びている、長くて広い公園です。

立売堀は いたちぼり と読みます

レトロな立売堀ビルディング

少し南に歩くと、本町通りを過ぎてレトロ感のある「立売堀ビルディング」が見えてきます。 これを「いたちぼり」と読むのもやはり難しいですね。

周りと調和しないちいさなレトロビルですが1Fのオーニングの色合いや感じは非常に「古い良さ」を感じます。

「四ツ橋」といえば電気科学館の代名詞でした

途中に何回か信号につかまりながら、出発から約40分歩いて四ツ橋につきました。

子供の頃、大阪人は「四ツ橋」といえば「電気科学館」の代名詞になっていました。

現在は中之島の「市立科学館」に移ってしまいましたが、ここに設置されたプラネタリウムはカールツァイス製で、当時は日本に3台しかなかった・・・とPRされていた記憶があります。

その当時のプラネタリウムの装置は、今でも市立科学館に展示されていますが、大人になってそれをみると、意外に小さいのですが、私もこのプラネタリウムへは学校の校外学習で見学にきたことを記憶していますので、同年代の年配の方々には思い出があるのではないでしょうか。

電気科学館で使われたプラネタリウム装置

当時のプラネタリウムでは、学芸員の人が「夜」を操作してくれたのが感動的でした。 夕暮れとともに空が暗くなってきて、「もっと暗くなります」・・・という言葉に合わせて、星が見え出す・・・という、子ども心に、なんとも言えない「科学」を感じていました。

電気科学館跡地のブルーウェーブビル

その跡地に建っているビル名はブルーウェーブインとなっており、ちゃんと屋上にはドームのような形が見えており、昔を忘れさせない演出が憎らしいですね。丸いドームの中はどうなっているのでしょうか・・・。

難波(なんば)は寄り道せずに通過

1時間をかけて「湊町(みなとまち)」につきます。

このあたりは、阪神高速道路が複雑に入り乱れていますが、道頓堀川を越えると、FM大阪の奇抜なビルがあるなど、近代感のあるゾーンですが、ここへは立ち寄らずに南下します。

このあたりが「なんば」で、難波と書きますが、このあたりの「地上」 は歩行者には全くやさしくありません。

地下街が発達しているので、横断歩道がなく、「地下ヘ潜れ!」と強制される感じです。 しかたがないので、地下に潜ってから南に進んで、道路(千日前通)を横断します。

地下街は、現在「なんばウォーク」という呼び名になっていますが、初めてできた地下街は「虹のまち」と呼ばれていました。年配の人はこの名前が懐かしいでしょうね?

地下街の西側にはJR難波駅があり、OCAT(オーキャット)という、国際線のチェックインカウンターもあるのですが、地下街が分断されているために、何回・近鉄の難波と少ししか離れていないのですが、JRなんば駅の周辺は難波の中心からは、少し見放された感じです。

ともかく、なんば(近鉄難波駅・南海なんば駅)周辺は人が多く、Walkerには歩きにくいところですので、どこにも寄り道しないで、地上の道路をひたすらに南下していきます。

大国主神社

御堂筋との合流する付近にある、相撲の春場所が開催される「府立体育会館(今は「エディオンアリーナ大阪」)」を左手に見ながら少し行くと、道路西側に大国主神社があります。

もう少し南に「今宮戎(いまみやえびす)神社」があるのですが、恵比須様(大阪では、「えべっさん」といっています)は商売繁盛の神様で、大黒さんは 縁結びの神様のようですから、もちろん、お金に関係あり、3日間で1年分を稼ぐ「恵比須様」のほうが人気があるようです。

南下すると「大国町」交差点に出ます。

大国町といえばトミヤマと返す人はかなり高齢です

大国町といえば、子供の頃は靴のデパート「トミヤマ」の代名詞でした。

すでに「靴のトミヤマ」の店舗が無くなって久しいのですが、「ここへ来ると、どんな靴もある」 ・・・ と言われるほどに、いろいろな靴が迷路のような売り場に数多く並んでいた記憶があります。

ラッピングビル

この、靴のトミヤマが入っていたビルは窓のない宣伝用のラッピングビルになっています。

大国町交差点の反対側には「MARUTOMI」という服屋さんが有名でしたが、それも消えてしまいました。(安くて好きだったのですが・・・)

大国町と言えば、とにかく「安いもの」が買える場所であった記憶があり、わざわざ安いというものを買いにはるばる訪れていたのですが、そういう行動はネット(WEB)に奪われて、過去のものになってしまったようですね。

難波から国道26号線沿いに南下すると、地下鉄の駅では、難波-大国町-花園町-岸里-玉出・・・と続きます。

玉出は「スーパー玉出」のイメージ

国道26号線沿いは、これと行って目を引くものも少ないのですが、「信濃そば粉さんの水車」と「スーパー玉出」の黄色い表示が目立っています。

水車のディスプレイの蕎麦会社 玉出商店街

私は、地下鉄玉出駅から会社に通っていたので、昭和末期からこの辺りは詳しいのですが、手前にある、玉出商店街を少し入ったところに、1円セールの安売りで有名な黄色い看板の「スーパー玉出」があり、本部もこのあたりにあるので、これが1号店だと思うのですが、古くは安売りの「八百屋さん」でした。店名は、この地名の「玉出」からとっているのでしょう。

地下鉄玉出駅は、昭和49年頃までは、現在の住之江公園まで伸延しておらずに、四つ橋線の終点だったので、その頃には、夜中の0時を過ぎても地下鉄が走っていたこともあって、水商売をする人が最終電車で帰ることができる便利な場所であったために、ワンルームマンションが乱立した時期でもありました。

そして、玉出駅の東手の小高い丘陵地は、高級住宅地として知られる手塚山地区があります。

玉出駅近くの26号線沿いに、ソースをつけないたこ焼きで有名な「会津屋」さんがありますが、その会津屋さんの向こうを張って、26号線をはさんで「まあまあうまい」と書いた「たこ焼き屋さん」ができているのも「大阪」らしいなぁと思います。両方とも頑張っています。

玉出交差点で26号線と別れます

西に右折して南港通りを進みますが、玉出交差点を東に左折すると、高級住宅街といわれる帝塚山地区です。

地下鉄(大阪メトロ)の四つ橋線の電車は急カーブを切れませんので、少し南側で大まわりして「南港通り」の下を走り、その後、北加賀屋駅で大きく左折して「新なにわ筋」を南下します。

地下の電車も適当にカーブしながら、道にあわせて走ります。

北加賀屋駅から地上を10分ほど歩くと、その右手遠方に、白い塀に囲まれた住之江の競艇場が見えてきます。

その白い塀が途切れたところが地下鉄四つ橋線の終点の住之江公園駅です。

住之江は競艇の代名詞

住之江競艇場

住之江競艇場は住之江公園の北西に面しており、住之江公園駅で2025年の万博が開催される大阪南港方面へは、小さな自動運転電車のニュートラムが出ています。

そのニュートラム駅からは、競艇場のプール全体が上から見えるのですが、すこし距離があるので、迫力はありません。

住之江公園駅北東側には、立派な住之江神社や住之江公園がありますが、競艇場でこれらが霞んでしまって、今では「住之江」というと、競艇場の代名詞になっている感じです。

住之江公園駅は大阪メトロ四つ橋線の終着駅で、大阪府庁舎が移転した南港方面に行くニュートラムへの乗換駅ですが、南港夢洲で万国博覧会が開催されると、今のニュートラルでは搬送能力が低いので、何かの対策が打ち出されて、住之江公園周辺も変化があるかもしれません。

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西梅田駅から歩いて2時間45分で住之江公園駅に着きました。交通量の多い舗装道路を歩くのはかなり疲れますが、みなさんも、運動として街歩きを楽しんでみられると、結構楽しいですよ。

長い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。


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