天気予報が当たらないと思っている人、この指とまれ

WEBの検索窓に「天気予報」と打ち込むと、関連ワードには「天気予報 当たらない」が出て来てびっくりしました。そのように感じている人が多い証拠かもしれません。

私自身も、100%信用していないものの、それでも、天気予報が無いと困ります。

その天気予報ですが、最近のTVでは、気象予報士が解説するものも多くなったこともあって、今までのように、時報の前の数分間の天気予報やお天気のお知らせに比べて、説明に納得されてしまうのですが、それでも、信頼性や確度が上がったように思えず、「当たらない」という気持ちはあまり変わっていません。

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降雨の適中率は83%

その天気予報の確率についてですが、発表されている降雨について、「当たる確率は80%を超えている」と言われると、「え?」と思いませんか。

近畿の天気予報的中率

これは気象庁のHPにある2つの図表です。

この見方やデータのとり方はHPに説明されていますが、何か、数字の魔術のような感じで、時系列の平均をとってしまうと、騙されているような数字になるのですが、これでいいのでしょうか?

この降雨の数字に対して、気温の誤差は収束して精度が向上しているのに比べて、肝心の降雨の適中率の平均誤差は騙されている感じが拭えません。

(的中と適中は広辞苑によれば、同じような意味ですが、的中の方は「マトに当たる」という意味があるので、適中が使われているのかもしれません)

月平均でこれだけの誤差があるのですから、毎日24時間の適中率は、ここに示せないぐらい変動しているはずです。

さらに変な言い方ですが、降雨日数的に言えば、毎日「晴れ」の予報でも、それくらいの確度で「当たる」と言えるのですから、このデータで確度が上がっているというのは、納得できません。

ただ、同様のデータのとり方で、1960年頃まではこの降雨適中率は75%程度だったようですので、長期的には精度は上がっているとい得るのは確かです。

つまり、データの示し方でどうでもなりそうな気もします。

雲の写真これは雨の雲?

この確率が95%になったら満足感はどうなるのでしょう?

現在の数値予測の方法を進めていって、見かけの「当たる確率」が現在の83%程度が95%になると、それで満足できる天気予報になるのでしょうか?

現在では、1~5kmの格子で計算した結果が出るのですが、天気予報としては、大阪府の場合は「市域」ごとの1時間天気としてみることができるようになっていて、それに基づいて天気予報会社は色んな情報を加えて独自の予報を出しています。

下の例は、天気が安定していそうな、ある9月の大阪府豊中市の例を比較しています。

9月のある日の天気予報比較

概ね、ここでのこの日の予想は晴れですが、それ以外の、気温の最高値、風向風速などは各社で微妙に違うことがわかります。

 

こんな概ね「晴れ」の日でも、注目すべき点は、ヤフーのSNSによる実況天気報告では、1人の方が「雨」と報告されていることです。

私の職場と住居は直線距離で3km程度しか離れていないのに、片方で雨が降っていても他方は降っていないということもあるので、この報告者が間違った報告をしているということはないでしょう。すなわち、天気が「晴れ」でも「雨」と報告している方が往々にしておられるのは、間違いなく、予報が「晴れ」であっても、「雨の地域がある」ということもあるということです。

「地域的には・・・」と言えることですが、このような特異な状況があるということは、今のアメダスやデータ収集の体制では、極端な「天気の地域性」を読み切るまでは難しいといってもいいのかもしれません。

もっとも、降雨があっても、降雨量が1mmでなければ、天気判断上は「降雨ゼロ」ですので、「天気予報は当たっている」ということになるのかもしれませんが・・・。

同様のことはよく経験するでしょう。

車に乗っていてワイパーを回すほどの雨が降っても、「アメダス」のその場所の1時間状況は、「降雨ゼロ」になっていますので、「雨が降っていても雨ではない」というケースは少なくないということもあります。

いくら1kmごとの天気変化をコンピュータで「計算」しても、このような地域性があるのは事実ですし、現時点のレーダー映像で、雨雲がかかっていても、雨が降っているとは限りませんので、いくら「うわべ」の確率が上がって95%に上昇しても、満足度は上がるかどうかは微妙だと言えます。

洗濯物を表に干す場合はどの程度に信じていいのか?

洗濯物を外に干すかどうかについては、天気予報が8割以上は当たっているのだから、安心して天気予報を信じることができる・・・とは誰も考えないでしょう。

普段、私達は、『「ぱらっと」降るか降らないか』の精度が欲しいのです。

そうなると、このように、平均誤差が収束しても、この的中率のばらつきでは、95%になっても、安心できるとは思えません。

 

(注)最近の天気予報では、従来の降雨基準が「1mm以上の降水」であったものが、「0.5mm以上の降水」と報道されているのを聞き、少しは良くなってきている感じかなぁ・・・と評価しています。

降水確率も他人行儀

降水確率で判断すればいい・・・という方もおられるでしょう。

私の場合、事前準備が必要な行事(野外の行楽やイベント)は午前7時の時点で40%の降水確率予報であれば、それを見合わせるという「行動基準」が頭の中にあります。ともかく、この数字で「やる・やらない」を決めます。

そして結局のところ、大半は「降らない」という結果になることが多いのですが、変に「晴れ」「曇り」と断定されるよりも、自分で納得できるので、(少し昔のように)降水確率について確度を上げることのほうが降雨の確度を上げるよりも好感が持てると思っています。

 

【ここで問題です】あなたは、この予報の日に、夕方から電車に乗って、19時に彼女と食事をする予定です。雨対策をしますか?しませんか?

天気判断のデータ例

「18時以降の降水確率10%」となっているので、傘の準備や雨の服装はしないという人と、「折りたたみ傘を持っていく」「念のために持っていく」など、様々だと思うのですが、「きっとまた予報が変更される」ということが頭をよぎると、雨対策をしてしまいそうですね。

先にも書きましたが、このとき、自宅の空は、雨の気配はありませんでした。しかし、出先で雨に降られると、10%の確率が当たったということになる・・・と弁解されると、なんのための天気予報か・・・ということになりますね。

ともかく、詳しい情報があると、余計な判断をさせてしまうので、この降水確率についても、考えてもらいたいところはあります。

自分にマイナスになる要素には防御力が働きます。

この降水確率の数字も、ゼロと書いてあった場合で「雨に降られた」という「ハズレ」よりも、30%と書いてあって、降らなかったほうが、予報者側の被害が少なくなるという「危険原理」が働いているように見えます。

すなわち、雨の確率を、人為的に高めに修正する書く可能性が高いということですが、「そんなことはない」とは誰もいい切れません。発表される情報の権限は、発表する側にあるのですから・・・。

降水確率「0」と書いてくれるほうが分ぎりがつくのですが、「0」というのも、示しにくい数字だと思います。だから、5%・10%と発表して「晴れ」という表現が一般化してしまいます。

いつまでも、こんな数字の提示の仕方だけでは、「かくれ不満」が高まる一方ですので、お目付け役の気象庁も、もう少し前向きのデータをまとめてほしいです。

 

天気予報の実例を見てみます

WEBには、各社各様の天気予報が作られて公開されています

WEBサイトで「天気予報」で検索して、全国規模のものを順番にピックアップすると、

気象庁 | 天気予報 – 気象庁ホームページ Yahoo!天気・災害 – 天気予報 / 防災情報 日本気象協会 tenki.jp【公式】 / 天気・地震・台風 全国の天気予報 – ウェザーニュース NHK あなたの天気・防災|全国|天気予報 天気予報 | お天気.com 全国の天気予報|マピオン天気予報 ピンポイント天気、気温、週間天気|@nifty天気予報 天気予報:朝日新聞デジタル GPV 気象予報 天気予報 – CBCテレビ みんなの天気予報 BIGLOBE天気予報: 天気予報 きょうの天気 エキサイト天気予報 |今日・明日・週間天気予報 WeatherEye – お天気ポータルサイト - ・・・
・・・と、いろいろな会社がならんでいます。

気づいておられると思うのですが、たくさんのWEBサイトがあっても、その内容は出どころが同じでも、微妙に違いますね。もちろん、出どころやデータ量が違えば、100%同じものはありません。

WEBの天気予報の多くは、気象庁の5時・11時・17時のデータに合わせて、それをもとに、6時・12時・18時の予報を掲載しています。

もちろん、それに加えて、3時間毎の予報を掲載しているサイトも多いようです。それくらい、現在では独自性が強いものになってきています。だから、各社で予報が変わっています。

 

そこで試しに、夏の晴天が続く8月の3日間について、Yahoo天気、日本気象協会・ウェザーニュースの3つのサイトの3時間毎の予報をチェックして書き出してみました。

ちなみに、私の住所は大阪の豊中市でそれも箕面市に近いところですが、この時の3日間は、暑い夏の日で、晴天ではなかったのですが、「黒い雲」が出ることもない「晴れの3日間」でした。

その状況の天気予報がどのように推移していたか・・・ですが、細かい内容は別にして、ここでは「前の出した予報と、次に出した予報が変わっているのかそうでないのか」を見てみました。

表のうすオレンジの部分は、前回の予報と「変わっていないところ」です。

これで見られるように、ここではほとんど3時間毎に予報が変わっているのがわかります。

(緑の部分がWEBをチェックした時の予報で、薄黄色の部分は、それ以前の時間のものであることを色分けしています。この淡黄色の部分は、予報をそのまま残しているのか、実情に合わせたのかはわかりませんが、WEBにある数字を書いています)

豊中のヤフー天気例

豊中の日本気象協会の天気予報

豊中のウエザーニュースの天気予報

各社それぞれの短時間の予報と週間予報ですが、ここでは、「コロコロと変わっている」様子を見ていただくといいでしょう。

そして、完全に3社が一致していません。

つまり、1社が完全に当たっているのならば、他社は外れているということになります。(後で触れますが、どんどん変わっていってるために、どれが正しかったのかも評価できません)

さらに、これは3時間天気を比較しましたが、1時間天気になると、1時間毎に内容が書き換わっているのに気づかれた方も多いと思います。

これは「予報」ではなく「実況天気のご紹介」や「お知らせ」でしょう。

 

ここでは、どこの会社の予想精度がいいのか・・・ということも調べてみたい気もするのですが、これは、統計の専門家にかかれば、切り口の違いによってその評価はどうにでもなりそうですので、これはこれで置いておいて、ここでは違った見方で天気予報とは何なのか?・・・を見ていこうと思います。

最近は、「雨」とあるのに当たらない場合が多すぎると思いませんか?

もちろん、「晴れ」と言って雨に降られるよりも、「雨」と言って降らないほうがお互いの不利益が少ないので、この事もあって、簡単に「雨マーク」が出ているような気がするのですが、これらの基準も明確にされていません。

雲の写真2曇り予想のこの空で、傘はどうしますか?

天気予報は数値予測モデルによって計算された結果値

一昔前までは、気象庁や気象台の天気予報士は、全国数カ所から送られる気象データで「天気図」を作り、それをもとに、各地の過去の傾向や特徴を含めて天気予報を出していました。

それが現在では、少しの気象の変化があれば、アメダスなどの自動計測のデータが、ほぼ自動的にスーパーコンピュータに放り込まれ、ほぼ自動的に、過去のデーターやパターンに基づいて計算されて、どんどんデータを吐き出してくれます。

それらのデータや、さらに世界の主要国から発信されるデータやSNSなどで視聴者から集めたデータを、「気象庁が許可した予報業務を行う企業等」で働く「気象予報士」が読み取って天気予報を出して発表するという仕組みになっています。

気象予報士はデータのまとめ役

気象予報士の仕事は、独自に天気予報をするのではなく、コンピュータデーターを気象予報士の考え方で読み取るというのが大きな役割ですから、気象予報士が検討できる範囲は限られています。

概ね、コンピュータのデータのまとめ役というのが「気象予報士」の仕事といえるのかもしれません。

ですから、変な言い方をすれば、TVなどに出ている気象予報士さんは、1府県都市のスポット気象予報をする時間も余裕もありません。

各市町村の天気などは、コンピュータが予測している天気だと思えばいいでしょう。

1地方の天気までは目が行き届かない

予報官や気象予報士は、日本の大きな範囲や特定の求めたいデータの絞り込みなどをすることは得意でしょう。

しかし、概ね、細かい地域の「毎時の天気予報(例えば、私の住む大阪府豊中市の1時間天気)」になると、そこまで人間が時間がさいて検討できるはずはありません。

このため、各市町村の天気の移り変わりになると、コンピュータが叩き出す機械的な数字を変えることもたいへんですので、機械的なデータがそのまま公表されている可能性が高いと言えます。

もしも、それが少々外れた結果になっても、すぐに次のデータを吐き出して修正してくれるので、いちいち気を止めることもありませんし、個々の結果を見直す必要もない・・・というのが実情でしょう。

その結果、A社とB社の予報が全く違っていることも多いですし、多分、各社は、自社の予想を覆すことはないので、それを評価する仕組みがなければ、今後、さらに様々な天気予報が独り歩きしていくのかもしれません。

今や、天気予報は計算です

よく言われることですが、『気象はカオス現象』というように、1つの些細な変化が大きな影響を及ぼしてしまうことがあります。

だから、非常にたくさんのデータの数と高性能なコンピュータが必要で、そのデータが多いほど、「予報の計算」が正確になってくる・・・ということになります。

大阪府の気象データ位置

大阪府の例では、これらの地点で自動的に収集する実測のデータに、物理学の法則、統計的な数値予報の結果、天気や気温の関係式・・・などを組み合わせて計算によって天気予報を出すのですが、これらの測定点のデータから大阪全域(市区域ごとなど)の天気を1~5kmのマス目で計算して予報します。

もちろん、地域の特殊性などもあリますので、それについては、コンピュータに加えて『人のさじ加減』が関与していることもありますが、それでも、コンピュータ予報を大きく覆すことは無いでしょう。

「人の勘」というといい加減なようですが、人間の勘はある意味ではコンピュータをしのぐ能力があるので、この気象のように「カオスさ(カオス的な度合い)」がいくつも加わる世界であっても、それを人間の頭がそれを収束させている・・・という言い方もできます。

・・・と言っても、やはりコンピュータが主役ですので、予報官や気象予報士の「勘」に自由度を与えて、それを採用することは、今後さらになくなっていくでしょう。

 

気象庁や気象会社としては、AIが優先される上に、1個人の判断は尊重されにくくなるので、なにかの客観的評価方法などを公開して予報に切磋琢磨する仕組みを作らないと、「終わってしまえば終わり」というのは問題でしょう。

・・・とはいえ、天気予報は色んなところでその情報が売買されており、売る方も買う方も「確度が命」ですので、そのような「予報屋」は見えないところで活躍しているのでしょう。

世界最高レベルのスーパーコンピュータでも「この程度」?

「精度が良くなった」と言われてデータを見せられると、素人の私でも「数字の魔術」にかかってしまいます。

コンピュータが主体になると、もう、その答えに人間の考え(修正)を加える気象予報の仕事は、非常に難しくなります。

素人が考えても、今後で人間の勘が関与できる領域は、TVなどで気象予報士が「笑いながらJOKE的に説明する私感」程度しかなくなってしまう気がします。

だから、反対に言うと、優秀なコンピュータで細かいデータを出さないように「曖昧さを残す」という方向もあっていいように思います。

 

「ナウキャスト」と呼ばれる、すぐ直近の予報のためには、データのさらなる多点化やコンピュタ能力の増大は有効と考えるのですが、朝一番に家を出るときに、帰りの天気をしっかりと予報するのは、今のやり方を今以上に進めていっても、精度は上がっても、結果に対する満足度を上げるのは難しいように思う・・・と書きましたが、今のままでは、コストパフォーマンスを考えた利便性や結果の有効性が高まるとは思いません。

もちろん、現在の方法を含めた、科学的な技術開発をやめてはいけないのですが、それとは別に、天気予報のあり方の全体像を見直してほしいと考えています。

最近のように、データが入ればどんどん発表して、1時間毎に天気予報を変えるというのは、心から喜べないのですが、皆さんの多くは満足しているのでしょうか?

各社の予報が違いすぎにも違和感あり

各社の予報が違うのは、現状では「独自性」の範囲なので仕方がないのでしょう。しかし、無責任すぎているように思います。

もちろん、今までのように、気象庁やそのお墨付きから発せられる天気予報に限定されるのも問題ですが、たとえそれが外れても、納得できる天気予報はあるはずです。

例えば、「降水確率」は、曖昧さを残して、かつ、傘を持つか持たないかの行動については、その人の判断を重視する・・・という点もあって、よく考えられたものだと思って感心していたのですが、最近は、それが示されていないWEB天気予報もあります。

どういう方向になっていくのでしょうか?

コンピュータデータは計算結果なので、いつも「正しい」のですが、それに頼って、1時間毎にコロコロと「予報」が変わっても仕方がないと考えたり、それは当然だ・・・と言っているのは「当たるも八卦、当たらぬも八卦・・・」という世界と変わらない・・・と評価されても仕方ありません。

 

多くの気象会社は、気象庁のデータを加工して、各気象企業は目的に応じて各所にデータを売っています。だから、もしも外れると、それが会社の評価や業績に関わりますので、そこが企業の力の見せ所になっているのでしょうが、ある程度は業績コンペをするなどの評価もしてほしいと思います。

(ウェザーニュースが「もっともよく当たる」というPRをしていますが、下手をすると、過大広告とみなされる表現ですが、でも、なにか頼もしさを感じます。私は、そこまで言える会社だと思って、いい評価をしています)

気象庁の仕事も大変でしょうが、国民全体のために税金を使ってしている仕事ですので、適当なやり方で数字を丸めて、85%の平均確度と言っていては、それが、たとえ95%になっても不満や不評は減らないでしょうから、もっとわかりやすいデータ指標を考える余地はあるでしょう。

 

観天望気などで、一人ひとりが自分の天気予報を持とう

「観天望気(かんてんぼうき)」とは、自然の現象や生物などの行動から天気を予想することで、「カエルが鳴くから雨になる」「ツバメが低く飛んだら雨が近い」「リウマチが痛むと雨」「夕焼けは晴れ、朝焼けは雨」などの気象を判断する俚諺ですが、聞いたことがあると思います。

多分どなたでも、朝空を見上げて、雲の感じを見るだけで、天気予報とは違って「傘を持つか持たないか」を判断しているでしょう。

雲3いつの季節の何時頃でしょう?

人は、他人が言ったことに従って、それがうまく行かないと腹が立ったりしますが、自分が決断した場合は納得できます。

だから、天気予報をもとに、自分が感じたことで決断するようにすれば、天気予報が少々外れようとも、それはそれでいいと納得できるでしょう。

もしも、1時間天気で「13時からの1時間に1mm以上の雨が降る」となっている場合と、午後の降水確率30%でところにより1時少しの降雨があります・・・となっている場合で、14時に帰宅する予定であると、あなたはどういう行動を取るでしょうか。

傘を持ちますか? 洗濯物を外に出しますか? 防水の靴を履いてでかけますか・・・。

結局は、自分の判断で行動するのですから、「天気予報が「雨」と言っていたので傘を持ってきた・・・」ではなく、「雨が降りそうなので傘を持ってきた・・・」というように心がけるだけで自分主体になるので、天気予報についても、表現方法を考えるだけでも、評価は変るという気がしています。(無責任な素人考えかもしれませんが・・・)

日本の天気予報は世界を動かす

気象庁のページでは、気象・予報の許可業者は70を超えていますし、気象予報士の人数はR1年8月には1万人を超えました。

気象庁は、コンピュータデータが読める気象に詳しい人に「気象予報士」の免状を与えます。

その気象予報士を抱える「予報業務の許可業者(いわゆる民間気象会社や個人)」が「数値的根拠に基づいて天気予報を出す」ことが義務付けられています。これが気象予報業務です。

すなわち、天気予報は「占い」でなく、「科学」であるということです。

だから少なくとも、この縦系列においては、気象庁のデータに基づいた情報が気象庁の考え方に沿って発信されるのですから、当たっていなくても、それは許可範囲にあるということです。

天気予報は商売

取りも直さず、これらの気象情報は、私達が知りたい気象予報にとどまらず、自治体の行動、日常に行われている商売などにも活用されています。

「来年の天候は雨の日が多くなり、気温も低めになるでしょう」と天気予報を出せば、傘屋さん(傘の販売者)は傘の仕入れ量を増やし、農家は雨対策や冷害対策を考え、商社は今年の穀物を多い目に手当する・・・といった行動に結びつくというように、天気予報(中長期予報)は非常に大事な意味を持っています。

たった一言の1年先の天気予報が、株や相場を動かし、それが世界経済や世界動向に波及していることになるのですから、私達が「天気予報は当たらない」というようなレベルでの話ではない内容を含んでいるといえるかもしれません。

もちろん、気象庁の許可範囲は細かく制限されており、予報業務の制限もあリます。さらに、気象庁の許可しない天気予報というのもありますし、その情報が高値で取引されている話もあります。これらは、公には出ることはありませんが、やはり、裏で世界を動かしているかもしれないのです。

これらの気象データは一般人の生活範囲だけでなく、世界的な動きに至るまでの、すごい範囲で利用されていることになりますので、日本だけでなく、各国もスーパーコンピュータのデータを含めて気象の基本情報は公表されているのもご存知のことだと思います。

もちろん、各国の気象情報は、戦争などの非常時には「国の極秘情報」になるもので、共有されているのは一部です。

昔の天気予報が懐かしい・・・

日本では、1884年6月1日に初めての天気予報が発表されました。

このときの「予報」は、「全国一般、風の向きは定まりなし、天気は代わり易し、ただし雨天勝ち」というものだったようです。

それが100年以上たった今日では、全国の天気概況には「全国的には、晴れ時々くもり、ところにより一時にわか雨。日本海側は・・・」ですので、100年以上たっているのに、スーパーコンピュータでお金を使っている割には、結果の予測も大した向上感はありません。

しかし、進化していないのではなく、今の天気予報のすごいことは、多くの人手を介さずに「細かい分布と時系列の『定量的』予報」ができるようになっていることだと言えます。

 

しょせん予報です・・・は失礼な言い方?

英語では「予報」は forecast  prediction  outlook などで、予想・予言・見通し という感じの言葉で、どうも「きっちりと当てる」というニュアンスは感じられません。

昔から天気予報といえば、TVニュースの終わりと時報の前の数分間、台本に書かれた内容をアナウンサーが読み上げていたのですが、天気図を作るのもすごいことのように思っていましたので、「一生懸命予想しているのだから、はずれてもいい・・・」と、かなり寛容だったのですが、いまでは、「日本で有数のスーパーコンピュータを使って気象に携わる人が増えている割には、細かい予報を出しているだけで、満足感が乏しい」という気がしないのはおかしいことです。

気象予報士さんもたくさんおられます。持ち時間が十分な人も増えていますが、タレント化してしまったり、「お天気のお話コーナー」の感じになってしまって、まことしやかに話している割にはあまり信用できないという印象で見ている人も多いのではないでしょうか。

 

現在のように、1時間毎に予報を変える是非

多くの人は天気予報を見て、「今日は雨が降るかどうか」「フルとすれば、いつ頃か」「ものすごい風が吹くかどうか」「普段と違う大変なことが起きるかどうか」という「大まか」のことがわかれば、それをもとに自分で、「今日は傘が要りそうだ」「午前中に買い物を済ましてしまおう」という「独自判断」をします。

だから、1時間毎の天気が、いつでも見られるようになっているのが良いという方もいるでしょうが、1時間毎に予報を変えるのとは意味が違います。

難しいことですが、これらに対応するためには、直近の観測で予報を変えるのは「誰でもできること」なので、トータル的な確度を上げる以外に正解はないのです。

観測データは刻々とコンピュータに送られて予報を出しますが、それをそのまま出して、以前の情報や的中率の表示もせずに流れていってしまうのは、あまりにも「いい加減」と感じます。

天気予報ってなんでしょう?

何と言われても、多くの人は、自分の役に立つだろうと思う情報を、自分なりに検討・判断して行動しています。

ただ、「1週間以内に震度6の地震が起こるでしょう」などと予報されると、それは、自分の行動や判断範囲を超えてしまうので困りますが、それでも、現在の火山情報や災害情報体制は大変素晴らしく、自分の身を守るために役立っていると感じています。

それに対して、行動や判断程度が少ない気象予報が、「しょうむない」情報を出しすぎているという感じを持たれているのは考えものです。

「無いよりもあるのが便利」だという側面もあるので、伝え方の工夫が必要かもしれません。

例えば予報で、午後2時の気温が「31℃でも32℃でも」「風向が北であっても、北西であっても」「湿度が60%であっても63%であっても」・・・これらはどうでもいいことです。

一番大切なことは「気温が季節外れのものでないのか」「降るのか降らないのか」「風が強くて対策が必要かそうでないのか」という程度のことが自分で判断できたり、注意喚起されればいいということで、そういう情報がほしい情報と言えるでしょう。

だから結局、頭の中では、半分程度は天気予報を見て大まかに把握して、そして、ちょっと空を見上げて、「今日は傘はいらない」「布団は外に干さないようにしよう」「長袖にしよう」「植木鉢を下におろしておこう」・・・と「自分の感覚で」行動しているのですから、余分な情報を出しすぎる世界有数のスーパーコンピュータを、もったいなく思ってしまいます。

その上に、帰るまでに「パラッと」されると、不信感がMAXになってしまうのですから、天気予報会社は因果な稼業ですね。

「ぱらっと」雨が降っても、それは「降雨」にはならずに「1mm以上の雨」が降って初めて「雨が降った」ということですので、その「ぱらっと」は「雨」ではないことで、不満のボルテージが振り切ってしまうのですから・・・。

まとまりの悪い内容になりましたが、ともかく、税金を使って莫大な費用がかかっているのですから、もう少し「当たる天気予報」と思えるようにしてほしいものです。

長くてまとまりのない文章になってしまいましたが、お読みいただき、ありがとうございます。