こちらのページで高齢者、シルバー、シニア、老人などの言葉の受け取り方をみてきました。その記事の続きです。
高齢者年齢は高くなる傾向で、いつまでも若くみられたい … という数字傾向があったのですが、加齢はどうしようもなく、年齢に伴う老いとともに、死に対する考え方が出てくるので、それについても、続きで「老いの工学研究所」さんの記事を参考にして紹介します。
年齢と死 どんなときに死を感じるか
前出の「老いの工学研究所」の調査によると、「若く見られたい」「自分は若いと思う」という人も、歳を重ねると、何かの拍子に「死」という言葉をイメージする … とあります。
結論では、どんな時に死を感じるかという調査結果結果からは、年齢に関わらず、人は「自分が今までの自分でなくなったとき」に死を意識する … ということのです。

(注意)言い換えると、高齢者の方で、この表の項目に当てはまるものがなければ、普段は死ぬことを意識していないということですから、6割以上の人は、死ぬことについては考えていないということです。数字のとらえ方を間違わないようにしましょう。
つまり、生活や状況が変わらないようにしていくことが大事なことと言えるようです。
親は「幸福に暮らしている」と思っている
また、(表は示しませんが)同研究所の別の調査に、「あなたの自分の親・配偶者の親は、他の高齢者に比べて幸福ですか・幸福でしたか」(30~76歳の男女22名の2016年の調査)という質問に、ほとんどの人が自分の親の幸福度は平均以上に「幸福だ」と見ている … という結果があります。
つまり、親が年々高齢になっていくことや、親の苦心苦労についてなどを、息子娘たちは「ほとんど気にしていない」 … ということが示されています。
子どもは、「親は、いつまでも幸せでいる … 」と考えているというのです。
親には、いつまで生きておいてほしいのか
そしてさらに、「自分の父母に、何歳まで生きてほしいか」との調査で、親である世代が自分の両親にたいして、平均72.9歳 まで生きてほしいという回答に対し、息子娘たちが自分の親に生きてほしい平均は 89.4歳 でした。
この結果の受け取り方は難しいのですが、息子娘たちの若い世代は、その親自身が「生きれるだろう」と考えている年齢よりも15年以上も、親は長生きすると思っている … ようです。
これは「親はいつまでも元気でいてくれれば、放っておいてもどうにでもなる」という感じにも受け取れます。(全くの私感ですが)

(注)このHPでは、私の独断的な見かたで数字を見ているために、偏った見方があるかもしれません。
「老いの工学研究所」さんのHP(https://www.oikohken.or.jp)には、高齢者に関する興味深い調査がたくさん紹介されています。
また、数字の見方も解説されていますので、それらを自分なりの捉え方でみていただくと面白いので、興味ある方はぜひチェックしてみてください。
結局のところは
この記事は、自分自身が高齢者の仲間入りをするまえの心の準備もあって調べてみたものですが、なにか、答えは予想できた範囲内だった感じがします。
高齢者にたいする呼び方については、定まっていない上に、適当なものがない … というものでしたが、私自身が、「おじさん」では許せるものの「おじいさん」と言われるのは「嫌な」年齢のようで、まだ「高齢者」とも呼ばれたくないということなのかなぁ … と勝手に思っています。
スナックやクラブのママさんが、高齢の人を「やあ社長さん」「ご主人、久しぶり」「お兄さん元気?」と呼ぶのに嫌味でないのは、言い方だけではなく、ママさんの態度や表情で不快感を与えていないのでしょう。
つまり、職業的な対処能力の高さからこのような言動がとれるのですが、普通の一般人が、高齢者に対して不快にならない呼びかけをするのは結構難しいことです。
やはり、高齢者に限らず、人はだれでも、極端に若く見られたり、逆に、年齢以上に高齢に見られるのは好みませんから、高齢者に対する呼び方についても、特定して決めるのは適切でない感じもします。
当然、現時点で高齢者を意識しない若い人も、いずれ「高齢者」の仲間入りをします。
そして、その後の長い年月を「年寄り・オジン・・・」などと呼ばれながら生きていくことになります。
だから「相手に不快感を与えない呼び方」を常に意識するのは、処世術のひとつといえませね。
まとまりのない文章でしたが、なにかを感じていただけたら幸甚です。
