スペースワールドが懐かしいおもいでに

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2018年元日のカウントダウンを最後に、スペースワールドが閉園しました。もうすでに解体されてしまったのでしょうか。(この写真はGoogleアース・GoogleMAPの一部を加工したものです)

宇宙開発の話題や歴史とともに歩んだ人や、古き良き時代を脳裏に刻まれている人も多いと思います。

楽天やアマゾンでも、結構、グッズなどもまだ販売されています。
スペースワールドで検索した楽天のグッズ:楽天のページ

平成2年(1990)開業 28年間夢をくれました

写真の中央がスペースワールドで、手前にイオンタウンが見えます。

この土地は(株)新日鐵住金の所有で、イオンモールの拡張が計画されるようで、大イオンさんがさらなる「何か」をして盛り上げてほしいものです。

スペースワールド遠景 グーグルマップ

最寄り駅は「枝光駅」だった記憶が・・・

スペースワールドの最寄り駅は「スペースワールド駅」ですが、この駅は、開園当時はなかったもので、開園当時の最寄り駅は「枝光駅」でした。

このスペースワールド駅の開業は1999年で、駅名については公募で「周辺を再開発するにふさわしい駅名」ということで募集されて「スペースワールド駅」となっているので、閉園後も当分はこの駅名は消えないで存続するはずですが、どうでしょう。

グーグルの過去の写真や地図で、スペースワールドの成り立ちを見ましょう。

開業までは八幡製鉄所の敷地内

1950年(昭和25年)に八幡製鉄所ができたころの地図です。

地図の中央部付近がスペースワールドのあるところ付近ですが、この当時の場所は、製鉄(製鋼)所の建屋になっています。

1950年ごろのスペースワールド用地

下は1975年(昭和50年)ごろの写真で、八幡製鉄と富士製鉄が合併して新日鐵になったころです。

地面全体が赤茶けた「さび色」をしているのが見られますが、この後に日本全体が鉄鋼業を中心として飛躍していきます。

1970年頃のスペースワールド用地 グーグルマップ

その後、鉄道線が移設されています

近年のGoogleMapの航空写真(下)で見ると、JRの鉄道線がスペースワールドの北側に移設(1999年)されているのがわかります。

会社は合併で新日鐵住金(平成12年)になって、その後、工場建屋が縮小して再開発されている様子が見えます。

鉄を作るより、土地を有効活用するほうが儲かる時代に変わってきたということなのでしょう。

そうなると、スペースワールドはお荷物になるので、新日鐵が2005年(平成17年)に加森観光に営業譲渡します。

そうしたところ加森観光さんがかなり頑張って、客数も増やして、これから・・・というところだったのですが、・・・。

もっと儲けたいという新日鐵の思惑もあったのでしょうか、2016年の年末が土地契約の更新でしたが、解約となり2017年末の閉園になりました。

1999年のグーグルマップ

アポロ11号が月面に着陸したのは1969年(昭和44年)7月、アポロ計画が終了したのは、ソユーズとランデブーした18号(1975年7月)でしたが、スペースワールドの開園が1990年(平成2年)です。

1970年には、大阪千里の万博でも、「宇宙関連」がクローズアップされていましたので、その頃は「昭和の良き時代」だったと言えるのかもしれません。

失われた10年 でも、加森観光さんは頑張った!

日本では1991年からの10年間を「失われた10年」といわれています。

スペースワールドは、不況の始まりとともに船出していたのです。

バブル崩壊に始まって日本はデフレの不景気時代に突入していくことになり、スペースワールドの運営にとっては厳しかったことでしょう。

やはり親方日の丸の会社であっても、維持の限界だったのかもしれません。

加森観光さんは頑張りました。

だから、頑張ってきた加森観光さんの痛手は大きいと思いますが、場所を変えて頑張るという記事もありましたので、さらに頑張って夢あるテーマパークなどを考えて立ち上げてほしいものです。

もう少し見てみましょう

閉園前のスペースワールド

同 拡大 スペースワールド:グーグル

スペースシャトルの向こう側に歴史的建造物の東田第一高炉跡が見えています。

この高炉は、1901年(明治34年)に八幡製鉄所が官営製鉄所として、日本の産業をけん引する元となった設備ですが、1972年(昭和47年)に出銑を停止しています。(史跡公園の見学は無料)

今これは残りましたが、多分、スペースワールドは、一部を保管移転されるとしても、ほぼ完全取り壊しになるのでしょう。

この後は?

スペースワールドの跡地開発の具体的な計画はこれからだと思いますし、公園設備の取り壊しも始まると思いますが、どうなっていくのでしょうか。

展示されていた月の石については北九州市が継続展示の方向で動いているようです。しかしこれは、NASAの問題もあるので、今後はどうなるかわかりませんね。

この周辺の世界遺産の「製鉄所事務所」なども現在は非公開ですが、「いのちの旅博物館」「東田高炉記念広場」「イオンモール八幡東」などで1日過ごせそうですし、もう少しするといろいろな情報も出てくると思いますので、古き良き時代をなつかしむワンデイトリップを楽しむ・・・というのはどうでしょうか。

***

WEBには、「年内に閉園する福岡県北九州市のテーマパーク、スペースワールドを運営するジャパンパーク&リゾートは(閉園前の)12月27日、地球から417光年離れた星の命名権を取得し、「SPACE WORLD」と名付けたことを発表した。」(http://www.itmedia.co.jpの記事)という記事が載っています。夢がありますね。

閉園は業績不振によるものとも、そうでもないともいわれていますが、私は勝手に、閉園は上記のように新日鐵の都合と考えています。

加森観光さんは「閉園しても、夜空を見上げる度にスペースワールドのことを思い出してほしいんです」というようなコメントしています。そして、従業員を解雇していないなどの報道もありますので、ぜひ夢のある何かを考えて、復活してほしいものです。

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